楽園波野便り

春は花が咲き乱れ、夏は緑が色を競い、秋には赤い木の実が鳥を誘う、雪ちらつく冬は水墨画の世界が目の前に広がる。

2014.2.4 山下光志宅の 『干し柿』

干し柿

時代とともに、上がなくなった、、が、復活させたい一品。

時代とともに、需用がなくなった、、が、復活させたい一品。

昔は、どこの家でも作っていたのだろうが、
もう私が物覚えがついたころには、山下の家ぐらいしか作っていない。
干し柿にする、「渋柿」 を、植えている所がないのである。
私の実家、「山下光志」宅、、、山下光志は、管理人sumiko kashiki、の父。
私が子供のころは、実家にも、4本の樹齢70年以上の渋柿の木があった。

昔は、軒下につるし切れないぐらいの干し柿を作ったが、、、

昔は、軒下につるし切れないぐらいの干し柿を作ったが、、、

亡くなった祖母はよく言っていた。
「戦争中は、甘いものがなかったので、干し柿で、羊羹を作って、面会に持って行った、、。」
戦死した、祖母の二男、、父光志の兄の所だ、、。

今のようにおやつが氾濫していないころには、重宝された、甘いおやつだったのだ。

今は、実家にも、一本しか残されていない。
今思うと、なぜ切り倒してしまったのだろうか。
現在残っている柿木も、私が子供のころにもすでに今の大きさがあった。
すでに樹齢100年はあるのであろう。
昔から、一本の柿の木には、約2000個の実をつける。

実家の渋柿は、とても良質の干し柿になる。

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